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[C43]

まあ、難しいところですね~。
ただ、私見ですが少なくとも入試レベルまではあってもいい気がします。確かに人によって解釈に違いがあるというのも事実ですが、試験国語の解答は記述の意味の構造を見る問題がほとんど(物によっちゃそりゃねえよってのもありますが)です。
登場人物の発言や挙動にはそれぞれこういうことを伝えたいという作者の意図があります。よほど哲学的に高度な小説でもない限りこの部分は受け取り側とって伝わりやすい表現であるのが基本です。(これが作者の力量だと思います。そして試験問題に使われる文は基本良文です)そして文中の記述をすべて統合したとき相当穿った考えをしない限り登場人物の気持ちや行動理由が自ずと掴めて来るものだと思います。複数の解釈の仕方があるにしろ文章全体の流れから一番妥当なもの=作者の考え=解答となるはずです。違う解釈に行き着くのは文内に考慮していない部分がある場合が大半だと思います。

小説が試験で出る理由、それはこういった直接書かれていない部分を補完していく能力を測るのに必要だからではないでしょうか?特に日本人は直接言わないことを美とするような風潮がありますし。そうでなくともスローガン、コピーなどは理論的に解読できない文が多いですよね?

要するにkyにならないような文章力をつけなさい、ってことなのでは?というのが持論です。それにしてもこの手の議論、高校時代に知り合いと延々やってましたよ・・・
では、長文失礼しました。

[C44]

難しいことはよくわかりませんです・・・
てか言葉にするのが難しい。
↑にあたしの言いたいことをズバリ言ってくださってるので端折りますw

観る人によって見解は異なるだろうけど、作り手からしたら答えは一つなんですけどね。

うぬ・・・知恵熱でそうです(爆)

[C45] >空霞さんへ

>それはこういった直接書かれていない部分を補完していく能力を測るのに必要だからではないでしょうか?

本屋に行って現代文(小説)の問題をいくつか見てみましたが、文章から解釈できる妥当なものを求める、そのような設問が中心ですね。問題として使用される文も、筆者の意図や行間が読み取れる部分に限られています。

小説(まぁ漫画やアニメもそうですが)は筆者の意図やテーマを述べている部分と、読者に解釈を委ねる部分(ここがないものもあるが)があります。今日、空霞さんの指摘を元に現代文(小説)を見ていて気付いたのですが、設問と全く関係のない最後の1~2文が読者に解釈を委ねるような形で書かれていることがあります。大体が物語の終わりの部分がこれにあたりますね。

このあたりの曖昧な部分は問題としては出されず、出題者側も価値観などで差が出ないようにしっかりと配慮しているのがわかりました。

うん、つまりこの記事のように心配することもなかったわけですねw(まぁ僕が知らないだけで、悪問が出題されることもあるのかもしれませんが…)

しっかりと筆者の意図が述べられ、普遍性のある妥当な解釈ができるか…誤って、読者に解釈を委ねるようなところを出題箇所にしていないか…、小説の問題を作るのは、随想や評論より難しそうですね。

空霞さんの言うとおり直接書かれていない、つまりその行間を読み取る力を見るのが小説の問題なのでしょう。


>要するにkyにならないような文章力をつけなさい、ってことなのでは?

なるほど…。
なんとなくですが、的を得ている気がしますw

KY、KYって言いますけど、正直いまいちどこまで発言していいのかってのがよくわからないときがある僕はどっちかっていうとKY…になるのかなぁ…。(なるべく気をつけているつもりではいるが…)


>それにしてもこの手の議論、高校時代に知り合いと延々やってましたよ・・・

僕が高校時代にした議論と言えば、ギルギアのコンボについてとか、ガンダム(ゲーム)の戦術とか(ぁ
真面目な話題で議論なんか今までしたことないぜ!w
う~ん、やはりちゃんとしている人は高校時代からちゃんとしているのですね。

僕は高校時代はちゃらぽらんでしたからww
本当に話すことは遊びのことばかり、真剣に考えるのはギルギアのコンボでしたからねww

そんな僕が高校3年の最初の2者面談のときに、全国偏差値32という数字が刻まれた僕の模試の結果を見ながら「大学進学は厳しいぞ」といった担任に、「国立大学に行く!」といったのは伝説だ!!w

[C46] >ロミさんへ

>観る人によって見解は異なるだろうけど、作り手からしたら答えは一つなんですけどね。

そうなんでしょうね。
僕も改めて現代文(小説)の設問や使われている文章を見ましたが、普遍性のある妥当な解釈ができる範囲で問題が作られているのに気付きました。

登場人物の言動に込められた行間を読み取る力を見るのが小説の問題のようです。設問の箇所となっている文の前後、それを文章全体と照らし合わせれば、誰でも「なんとなく」雰囲気はつかめる……つまり、その「なんとなく」をどう自分で言及できるかを出題者はみたいのでしょう(多分)。


>うぬ・・・知恵熱でそうです(爆)

高3になって受験勉強を始めたころは、冗談ではなく結構無意味に熱が出ましたw(知恵熱が出るほど知恵も付いていないというのにですww)

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小説は出題すべきではない

芸術作品などは見る人により解釈や見解が違ったりすることがある。その意見を交換して「そのような見方もあるのだ」と、他人の意見を参考にして、もう一度見直すことで新たな発見をする。これが芸術の楽しみ方なのではないかと思う。同じ曲でも聴く人によっては違う感想を持つだろうし、絵にしたって同じことが言える。

繰り返すが芸術作品などは見る人により解釈や見解が異なる。







なら、国語の試験で小説の問題を出すのはおかしくないだろうか?

先に断わっておくが、別に国語の授業で小説を取り扱うなといっているわけではない。あくまで、大学入試などの試験の場で小説の問題を出すのはおかしいのではないかということである。

先ほどから言っているように芸術作品などは見る人によって見解が異なる。人によって解釈が異なるものを正確に採点できるのかを、受験時代から疑問に思っていた。
僕は理系なので、入試での国語に触れるのはセンター試験ぐらいしかなかったのだが、それでも選択肢を見ていて「自分ならこう解釈をする」ということがたまにあった。

センター試験のように多岐選択式なら、自分の解釈と違っていようが選択肢の中から妥当なものを選ぶことで正解を得られるが記述式だとどうなるのか。

どのように採点が行われているのかは知らないが、もし採点者の価値観や感性で正解が左右されるのなら、公平な場を求められる大学入試では小説の問題は出題するべきではないのではないか。「読解力」をみたいのであれば、評論文や随筆でも見ることはできる。評論文や随筆は筆者の意見が述べられているので、小説のように解釈の差が出ることはない。(もっとも、筆者の考え方に対して自分がどう考えるかというのは人それぞれ意見が異なるだろうが、この点は入試ではきかれない。)

大学入試という1点で合否が決まるような場では、なるべく公平性を保つという意味でも、小説の問題は出題するべきではないのではないかと思う。



以上、いつものですます調より一新し、である調で語ってみたのです。あうっ☆






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まあ、難しいところですね~。
ただ、私見ですが少なくとも入試レベルまではあってもいい気がします。確かに人によって解釈に違いがあるというのも事実ですが、試験国語の解答は記述の意味の構造を見る問題がほとんど(物によっちゃそりゃねえよってのもありますが)です。
登場人物の発言や挙動にはそれぞれこういうことを伝えたいという作者の意図があります。よほど哲学的に高度な小説でもない限りこの部分は受け取り側とって伝わりやすい表現であるのが基本です。(これが作者の力量だと思います。そして試験問題に使われる文は基本良文です)そして文中の記述をすべて統合したとき相当穿った考えをしない限り登場人物の気持ちや行動理由が自ずと掴めて来るものだと思います。複数の解釈の仕方があるにしろ文章全体の流れから一番妥当なもの=作者の考え=解答となるはずです。違う解釈に行き着くのは文内に考慮していない部分がある場合が大半だと思います。

小説が試験で出る理由、それはこういった直接書かれていない部分を補完していく能力を測るのに必要だからではないでしょうか?特に日本人は直接言わないことを美とするような風潮がありますし。そうでなくともスローガン、コピーなどは理論的に解読できない文が多いですよね?

要するにkyにならないような文章力をつけなさい、ってことなのでは?というのが持論です。それにしてもこの手の議論、高校時代に知り合いと延々やってましたよ・・・
では、長文失礼しました。

[C44]

難しいことはよくわかりませんです・・・
てか言葉にするのが難しい。
↑にあたしの言いたいことをズバリ言ってくださってるので端折りますw

観る人によって見解は異なるだろうけど、作り手からしたら答えは一つなんですけどね。

うぬ・・・知恵熱でそうです(爆)

[C45] >空霞さんへ

>それはこういった直接書かれていない部分を補完していく能力を測るのに必要だからではないでしょうか?

本屋に行って現代文(小説)の問題をいくつか見てみましたが、文章から解釈できる妥当なものを求める、そのような設問が中心ですね。問題として使用される文も、筆者の意図や行間が読み取れる部分に限られています。

小説(まぁ漫画やアニメもそうですが)は筆者の意図やテーマを述べている部分と、読者に解釈を委ねる部分(ここがないものもあるが)があります。今日、空霞さんの指摘を元に現代文(小説)を見ていて気付いたのですが、設問と全く関係のない最後の1~2文が読者に解釈を委ねるような形で書かれていることがあります。大体が物語の終わりの部分がこれにあたりますね。

このあたりの曖昧な部分は問題としては出されず、出題者側も価値観などで差が出ないようにしっかりと配慮しているのがわかりました。

うん、つまりこの記事のように心配することもなかったわけですねw(まぁ僕が知らないだけで、悪問が出題されることもあるのかもしれませんが…)

しっかりと筆者の意図が述べられ、普遍性のある妥当な解釈ができるか…誤って、読者に解釈を委ねるようなところを出題箇所にしていないか…、小説の問題を作るのは、随想や評論より難しそうですね。

空霞さんの言うとおり直接書かれていない、つまりその行間を読み取る力を見るのが小説の問題なのでしょう。


>要するにkyにならないような文章力をつけなさい、ってことなのでは?

なるほど…。
なんとなくですが、的を得ている気がしますw

KY、KYって言いますけど、正直いまいちどこまで発言していいのかってのがよくわからないときがある僕はどっちかっていうとKY…になるのかなぁ…。(なるべく気をつけているつもりではいるが…)


>それにしてもこの手の議論、高校時代に知り合いと延々やってましたよ・・・

僕が高校時代にした議論と言えば、ギルギアのコンボについてとか、ガンダム(ゲーム)の戦術とか(ぁ
真面目な話題で議論なんか今までしたことないぜ!w
う~ん、やはりちゃんとしている人は高校時代からちゃんとしているのですね。

僕は高校時代はちゃらぽらんでしたからww
本当に話すことは遊びのことばかり、真剣に考えるのはギルギアのコンボでしたからねww

そんな僕が高校3年の最初の2者面談のときに、全国偏差値32という数字が刻まれた僕の模試の結果を見ながら「大学進学は厳しいぞ」といった担任に、「国立大学に行く!」といったのは伝説だ!!w

[C46] >ロミさんへ

>観る人によって見解は異なるだろうけど、作り手からしたら答えは一つなんですけどね。

そうなんでしょうね。
僕も改めて現代文(小説)の設問や使われている文章を見ましたが、普遍性のある妥当な解釈ができる範囲で問題が作られているのに気付きました。

登場人物の言動に込められた行間を読み取る力を見るのが小説の問題のようです。設問の箇所となっている文の前後、それを文章全体と照らし合わせれば、誰でも「なんとなく」雰囲気はつかめる……つまり、その「なんとなく」をどう自分で言及できるかを出題者はみたいのでしょう(多分)。


>うぬ・・・知恵熱でそうです(爆)

高3になって受験勉強を始めたころは、冗談ではなく結構無意味に熱が出ましたw(知恵熱が出るほど知恵も付いていないというのにですww)

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プロフィール

燦緒

Author:燦緒
以下、管理人のプロフィールです。だんだんおかしくなっていきますw

身長:173cm 体重:57kg
性別:男
血液型:B
趣味:読書、アニメ鑑賞、らくがき
特技:妄想、毒電波
職業:大学生
副業:塾講師
専攻:情報工学
出身:惑星ベジータ
所在:雛見沢
嫁:竜宮レナ
小さな野望:コアラを抱っこすること
大きな野望:研究者になること

大学で情報工学を専攻するエネルギー生命体。
その正体は軽度のアニオタなのです、あうっ☆





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